今年7月7日にPHP研究所から初版が発行された『大地の咆哮』は、発売1ヶ月で7万部という超ベストセラーとなった。これだけのベストセラーだから、既にお読みになった方も多いと思われるので、既読の皆様には本稿は多少くどいかと思うが、その点はご勘弁願いたい。
国際問題アドバイザーの岡本行夫氏は「解説文」の中で、 今年7月7日にPHP研究所から初版が発行された『大地の咆哮』は、発売1ヶ月で7万部という超ベストセラーとなった。これだけのベストセラーだから、既にお読みになった方も多いと思われるので、既読の皆様には本稿は多少くどいかと思うが、その点はご勘弁願いたい。
『決して誇張ではない。この本は現在の中国を分析するものとして、世界中で書かれた多くの著作のうちでも屈指のものだと思う。現代中国の真の姿をこれほどよく分からせてくれる本に出会ったことはない。』
と述べている。
私がここに記すのは、著者杉本信行氏についての私見である。2ヶ月前の372で、私は「国益を損なう外務省の定員増」とて腐った外務省を採り上げたが、同じ外務省にも杉本氏のような憂国の闘士がおられたのである。
同氏は1949年京都市生まれ。京都大学法学部を卒業して外務省に入省、同省畑を歩み続けてこられた。中でも入省以来33年のうち、あとさき14年近くを中国で勤務された。
2004年5月、上海総領事館の館員が、中国側から外交機密に関する情報提供を強要されたという遺書を残して自殺するという悲劇が起こった。杉本氏はその時の上海総領事であった。
その年の秋、一時帰国した際に末期の肺がんが発見され、上海総領事を辞職して闘病生活に入られた。『大地の咆哮』の「あとがき」からその様子を見ると、医者の宣告は
『手術も放射線治療も間に合いません。化学治療で全身に広がったがん細胞を叩くしかありません。』
自らの余命いくばくもないことを自覚しながら、杉本氏の頭の中は、
『どうすれば日中関係がうまく行くだろうか。』
の一点に集中されていたことは想像に難くない。「まえがき」の冒頭に杉本氏はこう述べておられる。
『2004年春、上海の日本総領事館で、一人の館員が、このままでは国を売らない限り出国できなくなるとの遺書を残して死んだ。私は、そのときの総領事であった。
上司として、館長として、彼を守れなかったことへの無念さはいまも変わることがない。
この事件に遭い、また、私が外交官として長年関わってきた中国との交渉体験を通して、「現代中国をどう認識し、どう対応するのか、日本の対中外交はどうあるべきか」について述べることが、私の役割であり、今後の日中関係、対アジア外交に何らかの役に立つのではないかとの思いに至り、本書に取り組んだ次第である。』
化学治療の副作用は半端なものではなく、抗がん剤の副作用で頭が朦朧とするなか、薬で痛みを抑えつつパソコンに向かい、家族、友人、同僚の激励に後押しされながら何とか書き上げることができた。
『大地の咆哮』の「あとがき」の日付は2006年5月。
『大地の咆哮』の初版は2006年7月7日。
杉本氏の逝去は2006年8月3日。享年57歳。
全く惜しい人を失ったものだ。『大地の咆哮』は、将に杉本氏の戦死の記録である。