藤原正彦氏の近著『国家の品格』(新潮社)がベストセラーになっている。同氏は1943年(昭和18年)生まれの数学者だが、科学・歴史・経済・文学など広範囲に勉強しておられる。それでいて本書は平易な文章で書かれている。序文の一部をご紹介すると、
『三十歳前後の頃、アメリカの大学で三年ほど教えていました。あうんの呼吸、腹芸、長幼、義理、貸し借り、などがものを言う日本に比べ、論理の応酬だけで物事が決まっていくアメリカ社会が、とても爽快に思えました。(中略)
帰国後数年間はアメリカかぶれだったのですが、次第に論理だけでは物事は片付かない、論理的に正しいということはさほどのことでもない、と考えるようになりました。数学者のはしくれである私が、論理の力を疑うようになったのです。
四十代にイギリスのケンブリッジ大学で一年ほど暮らすことになりました。この大学は伝統を重んじ、論理を強く主張する人は煙たがられていました。以心伝心や腹芸さえありました。同じアングロサクソンでも、アメリカとはまったく違う国柄だったのです。論理などより、慣習や伝統、誠実さやユーモアの方が重んじられていました。(中略)
経済改革の柱となった市場原理をはじめ、留まるところを知らないアメリカ化で金銭至上主義に取り憑かれた日本人は、マネーゲームとしての、財力にまかせた法律違反すれすれのメディア買収を、卑怯とも下品とも思わなくなってしまったのです。(中略)
日本はこうして「国家の品格」をなくしてしまった。これではいけない。欧米支配下の野卑な世界にあって、「孤高の日本」を取り戻し世界に範を垂れることこそが、日本の果たし得る人類への世界的貢献と思うのです。』
そして
第一章 近代的合理精神の限界
第二章 「論理」だけでは世界が破綻する
第三章 自由、平等、民主主義を疑う
第四章 「情緒」と「形」の国、日本
第五章 「武士道精神」の復活を
第六章 なぜ「情緒と形」が大事なのか
第七章 国家品格
と説かれてゆく。これらの標題を見ると、一見国粋主義者のように見えるが、決して国粋主義者ではなく、「情緒」と「形」が如何に大切かを諄々と説かれる。
特に第四章以降は、日本の明確な四季の織り成す細やかな自然の変化に、何千年何万年も育まれてきた日本人の繊細な感受性について、多くの事例を引いて解説されている。「もののあわれ」という日本独特の情緒、日本人特有の感性について、
『十年ほど前に、スタンフォード大学の教授が私の家に遊びにきました。秋だったのですが、夕方ご飯を食べていると、網戸の向こうから虫の声が聞こえてきました。その時この教授は、「あのノイズは何だ」と言いました。スタンフォードの教授にとっては虫の音はノイズ、つまり雑音であったのです。』
『「古池や 蛙飛び込む 水の音」という、日本人なら誰でも知っている芭蕉の句がありますね。日本人なら、森閑としたどこかの境内の古池に、蛙が一匹ポチョンと飛び込む光景を想像できる。その静けさを感じ取ることができます。しかし、日本以外の多くの国では、古い池の中に蛙がドバドバドバッと集団で飛び込む光景を想像するらしい。これでは情緒も何もあったものではない。』
昨今の殺伐な事件や見るに堪えぬ世相混乱の数々を身の周りにして、本書がベストセラーになることは宜(むべ)なるかなと思うのである。安い文庫本なので、是非ご一読をお薦めしたい。
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