生活文化づくりのシステムコンダクター片山鉄建株式会社
ek広場
2006年3月20日(365号)

■ピーター・F・ドラッカー


  最近「ドラッカーの遺言」なる新書が発刊されているが、この本は昨年夏に講談社の取材班がピーター・F・ドラッカー氏を訪ねて、取材したものを纏めた書物である。同氏との一問一答を纏めてあるので、エッセイ集のような書風になっている。
ピーター・F・ドラッカー氏といえば、世紀の名コンサルタントとして余りにも有名な方だが、惜しいことに昨年11月、96歳の誕生日を1週間後に控えて亡くなられた。前述の書名の「遺言」は、同氏の最後の言葉となった意味を籠めて付けられたものと思われる。
 ドラッカー氏は昨年2月、日本経済新聞の「私の履歴書」欄に投稿されていた。私はその切抜きを保管していたので、今一度読み返して見た。同氏は若い頃結構波乱の人生を送っておられる。1909年11月(第一次世界大戦の始まる5年前)ウィーンの生まれ。当時のウィーンはオーストリア・ハンガリー二重帝国の首都であった。同氏の父は財務省の高官だったので、幼年期は比較的富裕な家庭環境に育った。しかし17歳の時単身ドイツへ移住。その後ナチスの台頭から、その難を逃れてイギリスのロンドンへ転出。大学教授の助手をしていたドリス夫人と結ばれることになるが、当時のイギリスでは女性は結婚と同時に職を失うことになるので、結婚するなりアメリカのニューヨークへ移住。この間貿易会社、銀行、保険会社の証券アナリスト、新聞記者、文筆活動等々、いろいろな経験をしてござる。中でも世界最大企業ゼネラルモーターズの18ヶ月に亘る徹底調査は、ドラッカー氏の人生を決定付けるプロジェクトであった。

「私の履歴書」を再読して、あらためて驚いたことがある。

『初めて日本を訪問したのは1959年(昭和34年)。箱根で開かれた日本事務能率協会(現日本経営協会)主催のセミナーで、約50人の経営者を対象に講演するのが目的だった。4日間のセミナーの中で、「コンピュータとは情報で、情報によって経営のやり方も社会の機能も変わる」といった話をした。すると、参加者は申し合わせたように「空想科学的な発想」と反応した。3人だけ例外がいた。ソニーの盛田昭夫さんと立石電機(現オムロン)の立石一真さん、それに日本電気(現NEC)の小林宏治博士だ。』

前述の「ドラッカーの遺言」の中で同氏は、

『インターネットの普及によって国境が取り払われ、国と国との距離がゼロになった。言語の壁さえ乗り越えることができれば、世界中のあらゆる情報を瞬時に手にすることができる時代になった。』

と述べておられるが、なんと約半世紀前に現在のコンピュータによる情報化社会を予測されていたのだ。
同氏はまた大の日本贔屓だ。

『1930年代半ばのロンドン時代。土曜日に午前の仕事を終えて帰途につくと、繁華街ピカデリー・サーカスで突然の大雨に見舞われた。近くで雨宿りすると、そこで英国初の日本絵画展が開かれていた。たちまち魅せられて、以来ずっと日本画中毒だ。』

『初の日本訪問で、日本画だけでなく日本という国にも中毒になってしまった。ビジョンや勇気といった資質を備えた経営者に出会い、日本に大きな潜在力があると確信したのだ。』

『20年以上かけて日本の主要な山々を訪ねた。富士山へも行ったし、妻と一緒に北海道で2週間過ごしたこともある。当時の北海道は人も少なく、息をのむほど美しかった。』

『初来日から数十年にわたって、2年に一度は一家揃って日本を訪れ、数週間は滞在するようになった。』

『一つ補足しておきたい。日本で知り合った経営者は、コンサルタント先ではなく友人だということだ。これまでにコンサルティング料を貰ったことは一度もないと思う。』

『欧米人と日本人を交ぜてパーティーを開くとしよう。何をしているかと聞かれれば、欧米人は「会計士」、日本人は「トヨタ自動車」などと答えるだろう。自分の職業ではなく自分の組織を語るということは、組織の構成員が家族意識を持っている証拠だ。ここに日本最大の強さがある。』

「私の履歴書」の冒頭に、ドラッカー氏はこう述べている。

『今も手帳は数ヶ月先まで仕事のスケジュールで埋まっている。友人からは「もう仕事を引き受けるのは止めて引退したら?」と言われることもある。すると、結婚して先月で68年になった妻は「一体どうやって引退するの」と言いながら笑う。私には「引退」という言葉はない。』

恐らくこの偉人は、世界中の人々に話しかけながら、生死を越えて生涯を全うされた思われる。恰も般若心経の「空」の境地を歩むように。心からご冥福をお祈り申し上げる。


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