生活文化づくりのシステムコンダクター片山鉄建株式会社
ek広場
2006年4月20日(366号)

■芦屋の桜


   4月9日の日曜日、阪神間の桜が満開になった。桜の満開の期間は短い。あっという間に散ってしまう。今年の4月上旬は雨が多く不順な気候であったが、その中にあって9日の日曜日はとても良い天気だった。満開日が日曜日で而も穏やかな暖かいお天気に恵まれるのは、滅多にないように思う。
 40年程前愚妻の父母(故人)が、私も住んでいる芦屋市の山辺に居を構えた時、狭い庭に二本の桜の苗木を植えた。数年のうちに苗木はすくすくと育ち、ひとかどの花を咲かせるまでになった。母は茶の湯の名取の腕前なので、毎年桜の季節には狭い庭に毛氈を敷いて席を作り、客人を招いて野点(のだて)を楽しんでいた。
 父母ともに亡くなってもう随分になるが、その家にはその後愚妻の弟夫婦が住んでいる。その弟夫婦から数日前に、

 『久し振りに我が家の花見をしませんか。』

と声を掛けられ、ありがたくお受けして9日の日曜日愚妻と共にお邪魔した。亡母の野点の席以来だから桜も結構大木になり、花をたわわに蓄えて見事であった。毎年桜の季節には、道すがら花を横目に眺めることはあっても、さて花見と腰を据えることは絶えて久しく無かっただけに、たとえ二本の桜でも花を眺めて一献傾けるのは、それこそ亡母の野点の席以来のことなので、談論風発、楽しい昼のひとときを過ごすことができた。

  『近くの桜見物に行きましょう。』

花見の宴を終えて、弟夫婦に誘われるまま車に乗り込んだ。車の進む道すがら、右に左にぽつぽつと桜が見える。何の変哲もない道筋に、この時期だけは目の保養ができる。

 「深山木の その梢(こずえ)とも見えざりし 桜は花にあらわれにけり」
(源頼政)

こんな処に桜があったのか、桜の季節になると、折に触れて覚える感覚である。
 西宮市(芦屋市の隣)の西側を流れる夙川べりへ出た。夙川べりは桜の名所として知られているが、絶好の花日和とあって何ともえらい人、人、車、車、まるで進めない。歩いても30分と掛からない距離が、車に乗っているために1時間以上掛かった。運転手役の弟嫁には気の毒だったが、別段急ぐ旅でもなし、お蔭で夙川べりの桜を初めて満喫できた。
 芦屋市へ引き返して、かねて桜通りと聞いていた場所へ車を進めた。我々の住んでいる所からは一寸離れた地域なので、ふだんは先ず通ることもない場所である。大通りから折れて件(くだん)の狭い通りへ入るなり、あっと息を呑んだ。この狭い通りがまるで桜のトンネルなのだ。ものの2〜300メートルの距離だが、日本晴れの昼下がりの日の光すら透さない花のトンネルである。勿論人出はあったが、夙川のような混雑ではない。こんな素晴らしい桜のトンネルを、何十年間芦屋に住んでいる私が知らなかったのだ。しかし考えてみれば芦屋に住んでいると言っても、私の何十年の生活で、芦屋は“寝る場所”だけだった。昼間は大阪にいるので、昼間の芦屋を殆んど知らないのである。まして短い桜の花は知る由もなかった。
 お蔭で今年は芦屋の桜を存分に満喫できて、心底嬉しく思っている。



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