昨今やたらとソフトウェアないしはソフトという言葉が氾濫している。ソフト(Soft)は“柔らかな”で、反対語はハード(Hard)“堅い”だから、ソフトウェアはハードウェアに対する言葉である。念のために広辞苑を引いてみる。
ソフトウェア
@ コンピューターのプログラムを抽象的にとらえる呼称。コンピューターの運用に関する手順や処理する情報などを含めてもいう。
A 情報を表現・伝達する媒体とは区別して、情報の内容を指す語。放送の番組や記録された音楽・映像など。
とある。説明文の方が難しい。外来語を邦訳するのは難しいものだ。
ハードウェアは広辞苑には載っていないが、英和辞書には、“金物、鉄器類”とあり、一般的に機械や製品など、形のある“モノ”と言ってよいだろう。
ソフトウェアもハードウェアも、もともとコンピューター関連から使われてきた言葉らしいから、ハードは“モノ”、ソフトはアイディア(考え)と言ってもよいかと思う。
最近アメリカに端を発して、世界中大騒ぎになっているサブプライムローン(信用度の低い個人向け住宅融資)も、言うなれば金融ソフトの商品と言える。先月号にご紹介した東谷暁氏が、
『中国や日本やアジア諸国が作っているのは、モノという富だが、アメリカが作っているカネという富は、ドルを発行し続けるアメリカへの信頼だけが支えている危うい仕組みだ。』
と、いみじくも指摘されていたことが、忽ち露見した感がある。
古い書類を整理していたら、三神良三著「こんなリーダーを目指せ!」という小冊子が目に止まった。著者三神氏は、早稲田大学卒業後、東宝へ入社、日劇支配人から東京会舘に移り、常務、専務を経て社長就任。勇退後は評論家として文筆・講演活動に活躍された方だ。パラパラと繰って見ると、岩崎弥太郎(三菱財閥創立者)、金子直吉(旧鈴木商店専務)、渋沢栄一(明治・大正の財界大御所)から松下幸之助・稲山嘉寛・土光敏夫に至るまで、明治・大正・昭和の経済界の巨人60名の寸言を挙げて、夫々短い解説が付されている。例えば阪急創立者の小林一三の寸言は、
『中堅幹部が大幹部である重役に盲従しているような会社は伸びない。重役を批判し、反対するところに発展がある。』
とあり、このあと寸評が加えられている。
この冊子のあとがきに、こんな一文があった。
『これからはハードウェアもソフトウェアも無限に発達していく。だが、ヒューマンウェアは2000年前の人間と大して進歩していない。相手を疑い、妬み、怒り、悲しみ、不安がり、あるいは嫌悪するといったことは、「十八史略」に出てくる人物と大して変わっていないのである。人間は、頭が発達して宇宙旅行をすることができたり、バイオテクノロジーの発達によって全く新しい生物をつくりだすこともできるのに、心は少しも進歩していないのである。(中略)ハードウェアやソフトウェアを動かすのは人間だ。その人間にやる気を出させるのは、ヒューマンウェアである。(中略)本文の明治から現在までの著名実業家たちの提言は、今後新産業革命がますます発展してきても、そっくりそのまま、これからの中堅幹部に通用する提言であると思考するのである。』
4000年前の古代エジプトのピラミッドの落書に、
『今時の若い者の気持が解からない。』
とある由だ。
ヒューマンウェアは何千年経っても変わらないものだけに、最も大切なモノと思うのである。それ、
『お天道様が見てござる。』